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福岡高等裁判所 昭和59年(ネ)639号 判決

控訴人 有限会社阪急商事

右代表者代表取締役 高橋聰勒

控訴人 植田和憲

右控訴人ら訴訟代理人弁護士 森元龍治

被控訴人 株式会社ローン事故処理センター

右代表者代表取締役 平田一光

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

1. 被控訴人は控訴人有限会社阪急商事に対し、金二三八万一六三〇円及び内金八万一六三〇円に対する昭和五七年九月二三日から支払ずみまで年一割五分の割合による金員、内金二三〇万円に対する昭和五七年一〇月五日から支払ずみまで年一割五分の割合による金員を各支払え。

2. 被控訴人は控訴人植田和憲に対し、金一六五万円及びこれに対する昭和五七年九月二二日から支払ずみまで年一割五分の割合による金員を各支払え。

3. 控訴人らのその余の請求を棄却する。

二、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人ら訴訟代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人有限会社阪急商事に対し、金二三八万一六三〇円及び内金八万一六三〇円に対する昭和五七年九月二三日から同年一〇月二二日まで年一割五分の割合による金員、同年一〇月二三日から支払ずみまで年三割の割合による金員、内金二三〇万円に対する昭和五七年一〇月五日から同年一一月四日まで年一割五分の割合による金員、同年一一月五日から支払ずみまで年三割の割合による金員を各支払え。被控訴人は控訴人植田和憲に対し、金一六五万円及びこれに対する昭和五七年九月二二日から同年一〇月二一日まで年一割五分の割合による金員、同年一〇月二二日から支払ずみまで年三割の割合による金員を各支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め(なお、控訴人ら訴訟代理人は、当審において控訴人有限会社阪急商事に対する請求の趣旨を右のとおり減縮した。)、被控訴人訴訟代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

二、当事者双方の主張は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

1. 原判決二枚目表八行目の「別紙貸付」の次に「金」を加え、九行目の「金員を貸し渡し、」を「金員を貸し渡した。」と改め、同行目の「右表記載の各弁済期が到来した。」を削る。

2. 同二枚目表九行目と一〇行目との間に、次のとおり加える。

「3 仮に、訴外堀が被控訴人株式会社ローン事故処理センター(以下「被控訴人会社」という)の支配人として被控訴人会社を代理する権限がなかったとしても、被控訴人会社は訴外堀に対し、被控訴人会社福岡支店長という、支店の営業の主任者たるべきことを示す名称の使用を許していたのであるから、被控訴人会社は、訴外堀がなした前記金員借受につき商法四二条の表見支配人がなした行為としての責任を免れない。」

3. 同二枚目表一〇行目の「3」を「4」と改め、同行目の「被告は」から一一行目の「弁済した。」までを次のとおり改める。

「控訴人有限会社阪急商事(以下「控訴人会社」という。)は、訴外堀を介して被控訴人会社から右貸金の担保として提供を受けた物件(桑野周二名義の北九州市八幡西区鷹の巣所在の土地及び建物)を昭和五八年一一月一〇日他に売却し、金五五六万八三七〇円を、別紙貸付金一覧表1の貸付元金に全額充当した。」

4. 同二枚目表末行の「これ」を「内金八万一六三〇円」と改め、同二枚目裏三行目から四行目にかけての「約定遅延損害金の各支払を求め、」を「約定遅延損害金、内金二三〇万円に対する同五七年一〇月五日から同年一一月四日まで右同様年一割五分の割合による約定利息、同年一一月五日から支払ずみに至るまで右同様年三割の割合による約定遅延損害金の各支払を求め、」と改める。

5. 同二枚目裏一二行目の「同第2、3項」を「同第2ないし第4項」と改める。

6. 同三枚目表末行と同裏一行目との間に、次のとおり加える。

「3 控訴人会社は、本件ローン事故物件を昭和五八年一一月一日、被控訴人会社に無断で第三者に転売し、このことを昭和五九年二月一七日被控訴人会社代表者から質問されるまで秘匿していた。また、控訴人会社の右転売行為は、同会社代表者が昭和五八年五月一三日「金は貸したのであって、金を返してもらえば、所有権を抹消する(物件を返す)」と言明したことと矛盾している。すなわち、右物件は本件において係争中なのであるから、控訴人会社代表者の右言明のとおりであるとすれば、控訴人会社としては、転売前に、転売の可否とか、転売の場合、その売却条件や清算等について、被控訴人会社の了解を得ることが必要であるところ、被控訴人会社の事前の同意は勿論、なんら、通知も報告もせず、前記のとおり、無断で転売した。

被控訴人会社の以上の行為は、信義則に反するものであり、従って、控訴人会社は右行為の結果について責任を負わねばならない。」

7. 同三枚目裏七行目の次に、改行して、「3 同3の事実は否認する。」を加える。

理由

一、本件消費貸借契約の成立

1. 請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると以下の事実が認められる。

(一)  被控訴人会社は、資本金四〇〇万円、従業員四名で、広島市に本店を、福岡市に支店を置き、商業登記簿上は「債権回収に関する調査及び情報の提供」(つまり、損害保険会社から依頼を受けて、住宅ローン滞納者の生活状況や負債状況について調査、報告をすること)を営業目的として掲げているものの、これのみにとどまらず、損害保険会社等の住宅ローンの事故物件(すなわち、不動産の購入者が購入代金に充てた借入金の分割弁済が不能となったため、右不動産を任意処分して抵当権者に対する弁済に充てる必要が生じた場合などの右対象不動産をいう。)を廉価に買い受け、これを転売することをも日常の業務としている会社であり、福岡支店には支店長訴外堀のほか事務員一名を置いて右業務を担当させていた。もっとも、福岡支店では、右業務のうち、ローン事故物件の売却処分を扱う部門は、被控訴人会社の子会社である和光不動産株式会社の名義で処理する扱いとされていたが、同会社は、被控訴人会社と代表者が同一人であり、訴外堀は右両会社の福岡支店長を兼任しているほか、事務所や従業員も被控訴人会社のそれと共通にするものであって、独立した会社としての実体はなく、被控訴人会社の一不動産部門というべきものであった。

(二)  控訴人会社(代表取締役高橋聰勒)は貸金業を営む会社であるが、被控訴人会社の福岡支店長訴外堀(以下「支店長堀」という)からローン事故物件の転売先について仲介依頼を受けていた不動産業者である控訴人植田の紹介により、昭和五七年七月中旬頃支店長堀と知り合うようになり、支店長堀が職務上担当するローン事故物件に関し、同人の要請により、ローン債権者である保険会社に抵当権抹消のために払い込む資金の一部を、右物件の転買人から代金が回収されるまでの間一時融資したりしていたものであるが、控訴人ら両名は、同年九月初め頃、支店長堀から本件ローン事故物件(桑野周二名義の北九州市八幡西区鷹の巣三丁目所在の土地及び建物、評価額金一〇一五万円)に関し、次のとおり融資方の依頼を受けた。すなわち、支店長堀は、本件ローン事故物件についての売買契約証書(甲第四号堀)を呈示したうえ、被控訴人会社が保険会社を介して売主(所有者兼債務者)である桑野周二から売却方の依頼を受けている右物件について、右契約証書に記載のとおり代金一三〇〇万円で買主も決っているので、保険会社に対するローン債務を弁済して抵当権を抹消して貰うために保険会社に支払う資金が金一〇〇〇万円必要であるが(なお、支店長堀の言によれば、抵当債務額は元利合計約金一三〇〇万円であるけれども、金一〇〇〇万円を支払えば保険会社の抵当権を抹消して貰えるということであった。)、手持資金が約二〇〇万円あるので不足分を貸してほしい、買主のローンによる資金が一〇月中旬頃には出る予定なので遅くとも一〇月末頃には返済し金利については少くとも月三分は保証する旨を述べるとともに、右物件についての権利証、売主(所有者桑野周二)の印鑑証明書、委任状等の所有権移転登記手続に必要な書類を提示した。

(三)  そこで控訴人ら両名は、支店長堀の右言を信じて、原判決別紙貸付金一覧表13に記載のとおり、控訴人会社において昭和五七年九月二二日に金五六五万円を、控訴人植田において同月二一日に金一六五万円を、同表13の各弁済期・利息欄に記載のとおりの約定のもとに、いずれも被控訴人会社福岡支店の事務所において貸し渡し、支店長堀からそれぞれ右金員を受領した旨の、被控訴人会社福岡支店の記名押印のある預り証(甲第一、第三号証)の差し入れを受けた。

(四)  また、控訴人会社は、同年一〇月初め頃、支店長堀から、前同様に被控訴人会社が売却処分方の依頼を受けたローン事故物件(広島県三原市西宮町四三〇番八所在の土地及び建物、評価額金九〇九万円)について、いまだ買主は決っていないけれども、右物件に居住している債務者兼所有者の明渡費用として金一〇〇万円、及び保険会社への内入弁済資金として金一三〇万円の合計金二三〇万円の融資方を懇請されてこれを承諾し、同月四日福岡支店事務所において、支店長堀に対し金二三〇万円を、弁済期と利息については原判決別紙貸付金一覧表2に記載のとおりの約定のもとに貸し渡し、支店長堀から右金員を受領した旨の前同様の預り証(甲第二号証)の差し入れを受けた。

(五)  支店長堀は、控訴人会社から前記北九州市八幡西区鷹の巣の本件ローン事故物件に関して融資を受けた同年九月二二日に、右物件の売買残代金として金九九〇万円を被控訴人会社(広島本社)に送金し、被控訴人会社は同月二四日日新火災海上保険株式会社に対し、諸経費を差引いた金一〇二七万〇一八〇円を振り込み送金して右物件についての支払決済を完了し、なお、被控訴人会社は、和光不動産株式会社名義で、右売却実施手数料として金三九万円を受け取った。また、広島県三原市所在の前記ローン事故物件に関しては、支店長堀から右物件の売買代金内金として金二〇〇万円が被控訴人会社(広島本社)に送金され、被控訴人会社から昭和五八年一月一九日住友海上火災保険株式会社に金二三五万円が右物件の抵当債務者からの内入弁済金として支払われた。

以上の事実が認められ、右認定に反する原審証人星野繁代の証言部分及び原審及び当審における被控訴人代表者の供述部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2. 右認定の事実によれば、支店長堀は被控訴人会社のためにすることを示して、控訴人ら両名との間に、原判決別紙貸付金一覧表1ないし3に記載のとおりの本件各消費貸借契約を締結したことが認められる。もっとも、本件消費貸借契約成立の認定に供した前掲甲第一ないし第三号証は、その標題がいずれも「領収証」という不動文字を抹消して、「預り証」と記載されていることが認められるので、右各書証のみでは必ずしも金銭消費貸借契約の趣旨で右金員の交付がなされたものであることが一義的に明確であるとはいえないけれども、前記認定の事実によれば、支店長堀が、前記北九州市八幡西区鷹の巣所在の本件ローン事故物件に関して被控訴人会社に送金した日時(昭和五七年九月二二日)及び金額(金九九〇万円)が、支店長堀において控訴人ら両名から本件金員(別紙貸付金一覧表1、3記載の貸付金)の交付を受けた日時及び金額(右合計金七三〇万円)にほぼ符合していることが看取されるのであって、右事実に徴すれば、被控訴人会社が日新火災海上保険株式会社に対し、右物件について支払決済をなすべく送金した金一〇二七万〇一八〇円の中には、控訴人ら両名から交付された右金七三〇万円が含まれていたものであることが容易に推認されるところである。右事実に加えて、前記認定のとおり、広島県三原市所在のローン事故物件についても、支店長堀から金二〇〇万円が被控訴人会社に送金されている事実、その他控訴人ら両名が本件各金員を支店長堀に対し交付するに至った前認定の事情等をあわせ考えると、控訴人会社が金融業者であり、本件各金員の交付に際して「預り証」を徴したのみで借用証を作成させていないことを勘案してもなお、かかる事情は、前記認定の本件各消費貸借契約の成立を妨げる事由とはなり得ないものというべく、他に右契約成立の認定を覆すに足りる証拠はない。

二、一部弁済

〈証拠〉を総合すると以下の事実が認められる。

1. 控訴人ら両名は、本件貸金(別紙貸付金一覧表1、3の貸金)の弁済期である昭和五七年一〇月二一、二二日を経過しても支店長堀から何らの支払も得られないので、同年一一月五日頃、右貸金の担保として提供を受けていた本件ローン事故物件(北九州市八幡西区鷹の巣の物件)の登記簿謄本(甲第六号証)を取り寄せたところ、右物件につき日新火災海上保険株式会社の抵当権は、同年一〇月一日付で抹消されてはいたものの、同日受付をもって、原因は同年一〇月一日金銭消費貸借同日設定、債務者野正良治、抵当権者金城重根、債権額金八〇〇万円の抵当権設定登記がなされていることが判明したので、その旨を支店長堀に質したところ、同人の回答によれば、右保険会社の抵当権を抹消するための資金が足りず、その資金繰りのため、野正良治の名義を借りて金城から金六〇〇万円を借り受けたものであること、右物件の契約上の買主である松木薗数雄は、右物件を購入することを断念し、右売買契約は解約された、ということであった。そこで、控訴人ら両名は支店長堀に対し不信感を抱くようになり、控訴人らの貸金債権を保全するため、支店長堀から担保の趣旨で差入れを受けていた登記関係書類を使用して、同人承諾のもとに、同年一一月一〇日受付をもって、右物件につき控訴人会社代表者の個人名義に所有権移転登記をなすとともに、右物件の担保価値を維持するため、同年一二月二三日抵当権者金城重根に金六〇〇万円を支払ったうえ、右抵当権を抹消した。

2. 控訴人らは、その後も支店長堀に対し、本件貸金の支払請求を続けていたところ、同人は昭和五八年一月二五日自殺した。控訴人ら両名は、右堀の自殺した翌日はじめて被控訴人会社代表者と面談し、右物件の登記簿謄本及び預り証(甲第一ないし第三号証)を示したうえ、「あなたは知らないだろうが、」と前置きして、本件貸金の支払を請求した。ところが被控訴人会社代表者は、被控訴人会社には右支払の責任がないとしてこれを拒絶し、その後も、控訴人らから本件問題の解決方法として右物件の転売につき協力方の要請を受けたが、これに応じなかった。

3. そこで控訴人会社は、昭和五八年一一月一日右物件を代金一二〇〇万円で他に売却処分し、右代金から、売買の仲介手数料として金四二万円、司法書士に支払った登記関係費用金一万一六三〇円のほか、前記抵当権者金城に支払った金六〇〇万円を差引いた残額金五五六万八三七〇円を、本件貸金(別紙貸付金一覧表1の貸金)の元金に充当した。以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

以上認定の事実によれば、被控訴人は、控訴人会社に対し借受金残金及び遅延損害金として主文第一項1掲記のとおりの金員を、また、控訴人植田和憲に対し、借受金及び遅延損害金として主文第一項2掲記のとおりの金員を各支払うべき義務があるというべきである。(なお、本件において、控訴人らは、被控訴人会社との間の前記消費貸借において、弁済期後の遅延損害金の利率につき、特段の約定があったことを主張・立証していないから、被控訴人会社に対し、年一割五分の利率をこえる遅延損害金を請求し得ないものというべきであり、控訴人らの請求中年一割五分の利率をこえて遅延損害金の支払を求める部分は理由がない。)。

三、被控訴人の抗弁について

1. 被控訴人は、被控訴人会社の日常業務は債権回収に関する調査及び資料の提供であり、訴外堀に対する代理権を右日常業務の範囲に限定していたところ、控訴人らは本件消費貸借契約締結の際、右代理権制限の事実を知っていた旨主張する。

被控訴人会社代表者は、原審及び当審において右主張事実に副う供述をし、被控訴人会社の商業登記簿謄本によれば、同会社の目的として「債権回収に関する調査及び情報の提供及びこれに附帯する一切の事業」が掲げられているけれども、被控訴人会社が右のような調査や情報の提供に関する業務のみにとどまらず、損害保険会社等の住宅ローンの事故物件を廉価に買い受け、これを転売することをも日常の業務としていたものであることは、前記一1(一)において認定したところであり、右認定に反する原審及び当審における被控訴人会社代表者の前記供述部分は、原審証人星野繁代の証言、原審控訴人会社代表者及び当審控訴人植田和憲本人の各供述に照らしてたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

また、被控訴人会社が訴外堀に対し、支配人としての代理権を付与していたことについては証拠上必ずしも明確ではないけれども、前掲甲第五号証、原審及び当審における被控訴人会社代表者の供述によれば、被控訴人会社は訴外堀に対し、被控訴人会社福岡支店長の名称を附していたことが認められるところ、かかる支配人類似の支店長なる名称の使用を許されていた訴外堀は、商法四二条にいわゆる「支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附したる使用人」に当たるものというべく、したがって、訴外堀は支配人と同一の権限を有するものと解するのが相当である。そして、訴外堀の、支配人として有するかかる包括的な代理権限が、被控訴人主張の日常業務の範囲に制限されており、訴外堀が本件各消費貸借契約を締結する代理権のないことを控訴人らにおいて了知していたとの点については、これを認めるに足りる証拠はない。

2. また被控訴人は、被控訴人会社の日常業務が債権回収に関する調査及び資料の提供であるとして、控訴人らは被控訴人に対し、本件消費貸借契約の締結に先立って、訴外堀の代理権に関する照会を怠った点に過失がある旨主張する。

しかしながら、被控訴人会社の日常業務が債権回収に関する調査及び資料の提供のみに限られていないことは、前記認定のとおりである。のみならず、さきに認定、説示のとおり、訴外堀は支配人と同一の権限を有するものと解されるところ、およそ支配人が営業主を代理して本件で問題になっている程度の借財をする行為は、右行為の客観的性質に鑑み、いかなる種類の営業にとっても常に営業主の営業に関する行為として支配人の権限に属するものと解するのが相当である。そうすると、訴外堀のなした本件消費貸借契約の締結は、支配人の権限に属する事項であり、同人が代理権を有することが明らかである。これに加えて、本件消費貸借契約の締結にあたり訴外堀が述べた前記言辞に照らすと、訴外堀の右代理権につき、控訴人らが被控訴人に対し照会しなかったことが過失にあたるとする被控訴人の主張は採用し難い。

3. つぎに、被控訴人は、訴外堀は自己の利益を図る目的で控訴人らとの間で本件消費貸借契約を締結したものであるところ、控訴人らは右契約締結の際、訴外堀の右背任的意図を知っていた旨主張する。

〈証拠〉を総合すれば、訴外堀は本件取引の過程で売買代金一、一〇〇万円の契約書を先ず作成してこれを被控訴会社の本社に送付した後、更に売買代金一、三〇〇万円の契約書を二重に作成しており、本件事故物件に被控訴人会社に無断で債権額八〇〇万円の抵当権を設定して多額の金員を借入れたこと、そして、訴外堀は昭和五八年一月二五日に自殺したこと、以上の事実を認めることができ、右事実よりして、亡堀が自己の支店長たる地位を利用し、当初より本件取引に便乗して自己の利益を計ろうとする背任的意図を有していたことをうかがい知ることができるが、更に進んで、本件各消費貸借契約の締結に際し、控訴人らにおいて右堀の背任的意図を察知していたとの事実を認めるに足る証拠はないから、この点に関する被控訴人の主張は採用することができない。

4. 被控訴人は、抗弁3のとおり信義則違反の主張をするので判断するに、控訴人会社が、自己の貸金債権を担保する趣旨で訴外堀から、本件ローン事故物件の提供を受け、その旨の登記をするのに必要な関係書類の差入れを受けていたこと、控訴人会社が、右物件につき、一旦同会社代表者の個人名義に所有権移転登記を経由したうえ、これを第三者に転売し、その旨の登記を了したこと、右各登記がなされるに至った事情や、その間の当事者双方の交渉の経過等については、前記二の1ないし3において認定したところであり、これによれば、右転売行為は、控訴人会社が右物件につき適法に取得した担保権に基づく正当な処分行為であって、信義則に違反するものということはできず、他に、控訴人会社の行為ないし措置につき、信義則違反に当るような事由を見出すことができないから、被控訴人の右主張は、これを採用することができない。

四、結語

よって、控訴人らの請求を全部棄却した原判決は不当であるから、原判決を主文第一項に掲記のとおり変更し、なお控訴人会社は当審において請求の趣旨を主文第一項1のとおり減縮したからその旨を明らかにし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条但書、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高石博良 裁判官 堂薗守正 松村雅司)

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